どくん、と胸が音を立てた。

「初めてです」

何がだ。

唐突な言葉に怪訝な顔をする。

「『合格して』って言わないんですね」

「ああ…それか。あんまり好きじゃないんだ。何か、『お前が合格できるとは思ってなかった』って言ってるみたいで」

僕は基本、ネガティブだ。

誰も自分の言葉で傷つけたくないし、僕も傷つきたくない。

「私もそう思うんです!誰にも共感されなくて…『言葉なんて意味が同じならどっちでも良いだろう』って、皆」

大抵の人間はきっとそうだ。

ニュアンスなんてハッキリと表そうとしなければ─例えば、嫌みっぽく言わなければ─伝わらないし、気にしない。


「そんなものなんだよ、他の人にとっては」

「初めてです、同じ考えの人」

「僕もだよ」


そう、彼女も僕も──他人の世界に踏入り自分の影響を及ぼすことを、極端に嫌う。


「私、不知火 花乃です。あの、良ければ、ですけど…その、お友達になって下さい」

きっと彼女は相当な勇気を振り絞ったのだろう。
僕ならそうなるはずだから。

「もちろん。僕は望月 祈」

「イノリさんって、綺麗な名前ですね」

「祈るって一字てイノリだよ。小さい頃は、送り仮名は無くて良いのかってすごく悩んでた」

「送り仮名…確かにそうかも。小さい頃って何歳くらいだったんですか?」

「小学三年生くらいかな」

「何か大人びた小三ですね」

「そうかな?」

「そうですよ。私なんて、不知火って名字が鬼っぽいってことで悩んでました」

「え、何で鬼?」

「不知火って名字の鬼が悪者で出てくるゲームがあるんです。あ、アニメ化もされてますけど。それが何だか」

やはり小学生は細かなことを気にするものなのだろうか。

もはや僕には名前なんてどうでもいいことの一つになっている。

いや、大きくなっても気にする人もいるかもしれないが。
例えば最近巷で話題のキラキラネームとか。

就活のときにさぞや苦労すると聞いたことがあるが、まぁそれはそれとして。

あるいは読みづらい、人工に膾炙していない言葉が名前の人だとか。

どちらにしろ、僕には無関係だ。


「悪者っていうのは、子供にとっては懲らしめられるべき存在ですからね…あまり浸透してないゲームでしたから影響はありませんでしたけど」

「なるほど。名前は変えられないしね。生まれた記念みたいなものだし」

そう言うと、花乃はぱあっと花が咲いたように笑った。

それこそ、“花乃”という名前に相応しく。


そう、これが僕らの始まりだった。