夏彩憂歌

「私、帰るわね、ユウ」

「……ああ」

「ひとつだけ、教えて?」

「何?」

煙草の火を灰皿に押し付けて消す。

「アナタの大事な人の名前。教えて?」

「菜摘、だよ」

「ナツミ……きっと、すごく素敵な女性なのね」

俺は曖昧に笑顔を返す。


あれから何年経ったんだろう。

5年近く経った。

彼女は大学も卒業してるはずだ。

今、何してんだろう。

就職してバリバリ働いているんだろうか。



ようやくこっちで済ませなきゃならないことも済んで、日本に帰れる状態になったのに。

帰れない。

帰ったらきっと、何が何でも会いに行ってしまう気がするから。

今の彼女の幸せを壊す権利は俺にはない。

だけど、会いたい。

もう、嫌になる。