空いた後部座席を眺めながら自転車を押し、何となく、そしてぼんやりと、近くの肉屋まで足を伸ばす。

 その店は、スーパー内でコロッケが美味しいと評判の肉コーナーだったのだが、スーパーが閉店し、改めて幼稚園の近くに店を構えていた。老夫婦が営む、派手さのないそんなお店だったのだが、馴染みの客はすぐにも嗅ぎ付け、なかなかの繁盛ぶりであった。
 私もその一人で、揚げたてのコロッケを二つ買って、紙袋に包まれたそれを、自転車の前カゴに入れた。


「さて、どうするかな」 

 私は呟いた。

 自転車に跨ると、後部座席の重りがいなくなったせいか、ことのほかフラ付く。

 美月がいないと、こんなもんだよな、などと思いながら、自転車のバランスをとった。


 そうだ。家に帰る前に、不動尊にでも会って行こう、と、そう思った。

 このまま帰っても、仕方がない。コロッケもあるし……。意味不明な言い訳を、私は自分に対して行っていた。

 とにかく、行こう。

 近くにある寺院だったが、全国的にも名の通った場所でもあった。それに、クーラーが効いている休憩所もある。そこで、このコロッケを食べようと思った。

 この暑さの中、なんだか力が湧いてきた。

 私は自転車を漕いだ。寺院には、すぐに着いた。

 自転車を置き場に止め、コロッケの袋を手に、境内へと向かう。

 途中の杓(ひしゃく)が二十本ほど備え付けられた水屋に立ち寄り、喉をすすぎ手を洗った。杓で掬った水は透き通っていて、ひんやりとして冷たく、心地好かった。

 足下には、溢れた水を、鳩がついばんでいた。水溜まりになっているところでは、数羽が頭を下げ、くちばしを使って、水を掬い上げていた。