勉強道具を広げた机に頬杖をつきながら、僕は大きくため息をついた。
と言っても、
耳の聞こえない僕には、
ため息をついたという感覚も薄いんだけど。
僕には
"音"
という概念がない。
生まれてから一度も、
音を聞いたことがない。
もちろん、
誰の声も聞いたことがない。
自分の声すら、
聞いたことがないのだ。
僕は数学の教科書を見ながら、
今日の授業の復習を再開させた。
先生の話が聞こえない分、
よく見て、目で理解する。
それが僕の勉強の仕方だった。
ふと、教科書の端に書いた、
" いえいえ "
と書いた文字が目に入る。
隣の席の彼女……
芹沢 虹心との会話の跡だった。