「母さん…!早く!!」
僕は、それでも手を引っ張った。
けれど、母さんは力を込めたりしなかった。
「了!早くしなさい…!」
母さんの大きな声。
初めて、母さんのそんな声を聞いた。
今でも、後悔している。
僕は、なぜあの時、
母さんの手を離してしまったんだろう。
手から、ゆっくりと母さんの温もりが離れていく。
母さんは、けして僕を責めたりしなかった。
炎が迫ってきて、熱に耐えかねた僕は、
泣きながら笑う母さんから数歩後ずさった。
炎が、ついに母さんを包み込んだ。
「了、ありがとう。大好きだよ」
炎の奥から聞こえる母さんの声は、
いつもよりずっと優しかった。
「母さん、母さん…!!」
呼びかけに、母さんの声は返ってこなかった。
僕は、
母さんに背を向けて走り出した。
それからのことは、
あまりよく憶えていない。
父さんと母さんを飲み込んだ燃え盛る怪物に、僕はただ、何度も、
「ごめんなさい、父さん、母さん…」
そう、呟いた。


