「見ろ。国境じゃ。あそこを越えれば、安心じゃ」

 駕籠を守って足早に歩いていた一群の先頭にいた男が、前方を指差して声を上げた。

「やっとじゃな。ここまで来れば大丈夫じゃろ」

 一群の中に、ほっとした空気が流れる。
 駕籠の横にぴたりと付き添っていた一人の侍も前方を眺め、そ、と中の人物に向かって口を開いた。

「姫様。もう少しでございます」

 その声に、駕籠の簾が、ゆら、と揺れ、隙間から女子が少しだけ顔を出した。

「平八郎(へいはちろう)。追手は見えませぬか?」

 少し緊張の面持ちで、小さく言う。
 平八郎と呼ばれた侍は、確かめるように後ろを振り返った。

 しばし様子を窺うように後方を見ていた平八郎の目が、不意に鋭くなる。
 そして、ばっと身構えた。

「追手じゃ!」

 皆の間に緊張が走り、姫が顔を強張らせた。

「目指す城はもうすぐじゃ。国境さえ越えてしまえば何とかなる。行け!」

 駕籠を守っていた一群を率いていた壮年の男が、さっと前に出て他の者に手を振った。

「ここで食い止めれば、後は少しじゃ。一気に走れ。わしも古津賀(こつか)様とここに残る」

「平八郎っ」

 姫が少し身を乗り出す。

「ご心配召されるな。これでも腕を買われて姫様の護衛に着いたのです。きっと、すぐに追いつきます」

「きっとですよ。約束してください」

 そろ、と姫が、小指を立てて平八郎に差し出した。
 一瞬、平八郎が苦しげな表情になる。
 そして、姫との『約束』には応えず、ぺこりと頭を下げて、すぐに駕籠から離れた。