「西川陽子と申します。西川の家内です」
そう言って彼女は、ある日、私に電話をかけてきた。

「何でしょうか?」

聞きたいことは、山ほどあるし、言いたいことも、山ほどある。
けれど、私は、彼女が話すのを待った。

会いたい、会って話したい。
彼女の希望はそれだけだった。


どうして私に会いたいのか、説明してはくれなかった。


一瞬、仁志さんの顔が浮かんだ。
行くなって言うだろうな。


「明日、千鶴さんの家の近くの駅で待ってます」
結局、彼女の希望通り、会う約束をした。

会いたいなんて誘われても、
彼の奥さんになんか会いなんて
これっぽっちも思ってない。



声は、落ち着いた大人の女性だと思った。

あの声を聞いて、実際に会ってみれば、
なぜ彼女なのか、私じゃなかったのか、
分かるかも知れない。

承諾した理由がそれだとわかると、息が苦しくなった。

結局、私は、何も解決出来ていないし、仁志に意見する資格なんてないのだ。



ぐだぐだ考えてるうちに、彼女が来た。


「初めまして」

けして派手ではない。キリッとした大人の女性。西川さんと並ぶとよく似合う。


私達は、駅のすぐ横のコーヒーショップに入った。きっちり背筋が伸びてるのは、西川さんと同じ。


「会社では、会ったことなかったわね」


「私達が、専務の秘書の方と話す機会なんかありませんから」


「私は、知ってたわ。あなたのこと」


「どうして…」


「ふふっ…」余裕の笑みを浮かべる。


「それは、まだ教えてあげない」


「じゃあ、何の為に来たんですか?」



「聞きたいの。
今、主人がどこにいるかを」


「どうして、
私が知ってると思うんですか?」


「いろいろ聞いてみて、もう他に聞くとこなんて無いから」


「私じゃ、役に立てませんよ」