くるまのなかで


あの日『今の生活を手放したくない』『奏太と別れてくれない?』と言ったのは、奏太の言った通り、私への八つ当たりのようなもので本心じゃなかった。

その証拠に、彼女はちゃんと自立しようと行動している。

もちろん、本来なら始めからそうすべきだったのだが、手に入れた安心を手放さなければならないのだから、並々ならぬ勇気が必要なはずなのだ。

そんな彼女の気持ちも知らず、不躾にビジネスモードで話してしまった自分を心から反省した。

やっぱり私はまだまだ人として未熟である。

自分のせいで怒らせてしまった彼女にどんな言葉で意図を伝えたらいいか逡巡していると、ふと、頭にある人の顔が浮かんだ。

その人が「大丈夫」と微笑んでくれた気がした。

「由美先輩。神様って信じますか?」

「はあっ? 今そんな話してないでしょ?」

それは百も承知である。

でも、今はどうしてもこの話をしたい。

「高校時代、奏太に助けてもらった時。今年の5月、急に車が壊れて事故りそうになった時。その直後、10年振りに奏太と再会した時。それから、今回の求人を知った時。私、神様はいるんだって思ったんですよ」

「あんた、何言ってるの?」

彼女は眉間にシワを寄せ、赤い目で再び私を睨む。

「でも、違いました。たぶん、私が奏太と再会したのと、今回の求人を見つけたのは、神様の力なんかじゃなかった」