結衣は美香宛てのメールの返事を作りながら、祥平のことを考えはじめた。

 高校3年のときに付き合い始めて、もう4年になる。祥平とは1度も別れることなく仲良くやってきた。

 何を嬉しいと感じて、何を嫌だと思うのか。過去に何があってこれからどうしょうとしているのか。

 言葉では言い表せないほど、他の誰よりもお互いを分かっていると思う。

 だからこそ。

 オンラインゲームをしているとは口が裂けても言えなかった。

 バイトのことが少しでも頭をよぎると息が苦しくなって、泣きたくないのに涙が出てきて、仕事を探そうと無理やりしたとたんパニック症状を起こしてしまう。

 その様子を知っている祥平は、オンラインゲームを楽しそうにしている結衣を見たら、現実から逃げていると思うだろう。

 なんて情けないやつだと、幻滅するだろう。

 好きだから祥平の理想的な素敵な女性になりたいし、過去には何もなかったように明るく笑いながら、未来に向けて就職活動がしたい。

 でも。

 頭でそう思っているだけで、もう心身ともにコントロールできなくなっていた。

 眠れない。

 食べたくない。

 そんな結衣にとって『オートマトン -Online-』は究極の救いだった。

 別のキャラクターになりきることで、すべての苦痛から解放された。

 祥平は間違いなくゲームを辞めるべきだと主張するだろう。

 しかし、今オンラインゲームを辞めてリアルと向き合うようなことをすれば、結衣には自分が壊れてしまうことが目に見えていた。

 やっと少し眠れるようになったところなのだ。

 やっと少し食欲が出てきたところなのだ。

 体も心も、本当に疲れていた。

 結衣はバスを下りると、自宅に向かってとぼとぼと歩き出した。

 携帯の明かりだけで、キャスケットに返事を打つ。

「10時頃から入れると思います、っと」

 結衣は送信ボタンを押した後、街灯がぽつりぽつりと立っている道を、ぼうとしながら歩く。

 ひらひらと蛾が街灯に近づき、パチパチとぶつかる音がしている。

 結衣がふと助けを求めるように空を見上げると、太陽神界とは比べ物にならないくらい、星々は少なく、ずっと遠くに見えた。