――ごちんっ!
泥まみれになっていく指先を見つめていたとき、頭に衝撃が走った。
目の前に火花が散り、視界が一瞬で真っ黒に塗りつぶされる。
「あたっ」
思わず声をあげていた。
直後、水の中から顔を出したときのように、今まで聞こえていなかった音が大量に耳に注ぎ込まれた。
人の話し声、タタン、タタン、と規則正しいリズムで刻まれる走行音。
傍から聴こえた忍び笑い。
それと同じリズムで座席から身体に伝わってくる振動、車よりも速く流れていく夕暮れの景色。
思葉は電車のボックスシートに座っていることに気づいた。
ぶつけた頭が鈍く痛む。
そこを押さえながら乗降口の上にあるモニターを見て、あと3駅で降りる駅に到着するのだと理解した。
ここに座ってからの記憶がないので、随分と長く眠っていたらしいと分かる。
(……ゆ、め?)
半分ぼーっとする頭をさすってふと視線を下げると、向かいに座る老婆と目が合った。
その隣にいる老人は腕組みをして眠っている。
「大丈夫?」
「は、はい、平気です……」
皺の多い穏やかな目を細めてそう尋ねられ、思葉は首をすくめるようにして頭を下げた。
そのまま視線を下の方へ泳がせる。
情けないところを見られた、自然と頬の辺りが熱くなってくる。



