撫でるよりは髪を掻き乱しているような手を払うと、もう阿毘の姿はなくなっていた。


途端静けさが身体にのしかかり、遠くから聞こえるトランペットの音がそれを引き立てる。



「なによ、もう」



思葉は髪を整えながらむくれる。


中途半端なフォローは、かえってこちらの心配を大きくさせるものだ。


安心させようとしているのか、それとも不安にさせようとしているのか、とにかく、良いように遊ばれた感じが拭えない。



(……でも、護身がきちんとできないのは本当だし……帰ったらおじいちゃんに相談しよう)



ため息をつき、PCルームの施錠をして職員室に向かう。


その途中、ふと何かを感じた。


それが何なのか分からないけれど、ざらりとした違和を覚えたのだ。


足を止めて顔をそちらに向ける。


窓の向こう、夕日に照らされる部室棟が見えた。


逢魔が時。


昼から夜へと移る、二つの岸の境目が曖昧になり、魑魅魍魎が生者を狙い蠢き始める時間が迫っているのだ。


轉伏からの忠告を思い出し、寒気がした。



「早く、帰ろっと」



深く考えたらいけない、それだけで囚われる。


思葉はかぶりを振ってその場から離れた。



――部室棟から、それを見つめる人影があったことに気付かないまま。