そうして練習し続けること丸1年。
ゴールデンウィークの最終日の夕方、思葉はようやく一番下の枝に登ることができた。
遅すぎるだろうと笑われそうな話だが、当時の思葉にしては頑張った方である。
枝に跨り、幹に寄りかかって、生まれて初めて樹上の景色を目にした。
自分の暮らしている町並みがよく見えた。
いつもは見上げても視界に入らない屋根を見下ろし、大多数が藍色であることに気づき、そこに木々の緑が混ざっていることを意外に感じたのを覚えている。
「ようやく、思葉もここに来れたな」
別の枝にひょいと登った來世が、足をぶら下げながらそう言って思葉に笑いかけた。
彼はこの日も、思葉が登れるよう丁寧に誘導してくれた。
上から思葉を枝へと引っ張り上げてくれたのだ。
息を弾ませながら、自分に伸ばされた、幼いなりにも男の子らしい手を掴んだこともよく覚えている。
「こっちだ」
そう促す声が、一緒に上から降ってきた。
――違う、來世じゃない。
來世は下から、どこにどう動けばいいかを教えてくれていた。
上にいたのは違う人だった。
降ってきた声も、來世のように元気でもなければ優しくもなかった。
だけど、思葉のことをちゃんと考えているのだと伝わってくる声音だった。
あれは誰だっただろうか。
自分を無愛想に力強く、けれど優しく引き上げてくれたのは……