「しぶとい娘だ、まさかここまで抗うとはな、褒めてやろう。


だが、うぬに付き合ってやるほど我は暇ではないのでな、そろそろ方をつけさせてもらうぞ」



付喪神は言い終えると、柄を握る手を力強く下へと押した。


太刀が下腹部へ、同時に背中へめり込まれ、ぶちぶちと肉がちぎれる嫌な音が頭に響き、思葉は膝から崩れそうになった。


付喪神の肩にしがみついているおかげで倒れずにすんだが、そのせいでさらに刃が食いこみ、とてもではないが立っていられない。


喉の奥にまでせり上がってきたものを吐き出す。


錆びた鉄の臭いがして、吐血したのだと理解した。


口に広がる不快な臭いと血の味に一気に気分が悪くなる。


もうダメかもしれない。


ここから逃げることはできないのかもしれない。


足元からじわじわと絶望感が絡みついてくる。


倒れるまいと水干を握り締め直したとき、ふと月白色のきれいな長い髪が視界に入った。


水干と一緒に一部分だけ、思葉の吐いた血のせいで、左肩からたすき掛けしている朱色の紐と同じ色に染まっている。



(玖皎、どうして、どうして助けに来てくれないの)



昨日の一件を思い出す。


腕の傷に苦しめられた思葉を、玖皎は真っ先に支えてくれた。


何度も名前を呼んで安心させてくれて、腕にかけられていた咒を解いてくれた。



(お願い、玖皎、助けて……呼んで、あたしの本当の名前を……


―――本当の、名前?)



鈍くなってきていた思考の中で、本人から教えられた玖皎の真名を思い出した。


千年以上前に琴姫が与え、思葉だけが呼ぶことを許された本当の名前だ。


それならば、もしかしたら、玖皎に届くかもしれない。



(お願い、届いて)



思葉は奥歯を噛みしめると両足に力をいれた。


意を決して上を向いて深く息を吸い込み、一縷の望みをかけてその名前を叫んだ。