不思議な心地だ。


彼と一緒にいるのに、こんなに近くにいて手までつないでいるとちうのに、その感覚はとても朧げだった。


見える景色は視界の縁が曖昧で、音はまるで水中で聞いているように耳に入ってくる。


手足の感触も、薄い紗を挟んで脳に伝わってくるみたいだった。


五感がひどくぼやけている。


そして、思葉がどんなに目を凝らして見つめても、彼の顔はまったく見えなかった。


鏡に写った自分と同じように、白い靄が濃く重なっているため、目鼻立ちどころか輪郭すら分からない。


だと言うのに、今彼がどんな表情でいるのかは分かった。


自分と同じようにとても嬉しそうに笑っている。


こちらが冗談を言えばちょっとだけむっとした表情になるし、逆に意地悪なことを言っていたずらを仕込んだ子供のように幼く笑う。


表情豊かな彼に惹かれたのだなあ、と改めて強く思った。


感覚がぼやけていても、感じる心や芽生える感情はいつもと変わらなかった。


とても幸せな気分に浸っている。


どんなことを話しているかはほとんど耳に入ってこないのだが、一緒にいるだけで心が温かいものでみたされていく。


どんなに辛くても悲しくても、彼がそばにいてくれれば、彼の声や温もりを思い出せば、もう少しだけ頑張ってみようと思えた。


いつしか彼は思葉の大きな支えとなっていたのだ。



――それなのに。



思葉はハッと我に返った。


周囲の景色が変わり、思葉は自分の部屋にいた。


卓袱台を挟んだ向かい側には彼が座っている。


俯いて嗚咽を漏らしている彼は本当に辛そうにしていた。


無理もない、ずっと信じていた友人に裏切られ、大金を騙し取られただけでなく、その友人の借金まで押し付けられてしまったのだ。


打ちひしがれる彼がとても気の毒だが、思葉にはかける言葉が見つからない。


少しでも彼の苦しみを軽くしてあげられれば。


そう思うけれど、どうすればいいか悩み、ただただ彼を見つめることしかできなかった。