さて、どう話したものか。
腕を組んで本格的に考えようとしたそのとき、ぞくり、とうなじのあたりが寒くなった。
思わず足を止めて首をすくめる。
「皆藤さん」
ほとんど同時に名前を呼ばれ、そちらに顔を向けて思葉は目を疑った。
そこに立っていたのはなんと矢田朋美だったのだ。
学校を休んでいたはずの矢田はきっちりと制服を着込んでいる。
しかし鞄やスマホといった類のものは持たず、手ぶらのまま、うっすらと笑ってこちらを見ていた。
「やっ、矢田さん?」
「……ちょっと、一緒に来てくれる?」
「え?えっと、矢田さん、具合が悪くて学校お休みしたんじゃなかったの?」
「一緒に来て欲しいの」
矢田の目が笑んだ形のまま細くなり、怪しげな光がそこに浮かぶ。
昨日見た、あの優しそうでいて不気味で、遠いところを見ているような焦点の定まっていない目つきだ。
――関わってはいけない。
とっさにそう考えた思葉は鞄の手提げを握りしめて慌てて言った。
「ごめんね矢田さん、あたし」
「いいから来て」
スイッチが切り替わったように、矢田の顔から表情がなくなる。
声のトーンもいくらか低く鋭くなり、有無を言わせない強さがあった。
「……わ、分かった」
思葉が蚊の鳴くような声で返すと、無表情だった矢田は満足そうに口元を緩めた。
また目を三日月に細めて軽く首を傾げる。
「それじゃあ、ついて来て」
言うが早いか矢田は思葉に背を向けて、車が1台どうにか通れるくらいの幅しかない路地を歩いていく。
正直、とてもじゃないがついて行きたくない。
しかし思葉は行くと言ってしまったのだ、何となく、それを破ってはいけない気がする。
逡巡していると、先を行く矢田が足を止めてこちらを振り返った。
じっと思葉を見つめている。
(……行くしかないか)
思葉は逃げ出すことを諦めて、匂い袋を握って矢田の方へ踏み出した。



