思葉が玖皎を見てみると、彼は怒気を孕んだ表情で、呻く男を睨みつけていた。
ぎりぎりと玖皎の長い指が男の肩口に食い込んでいく。
「この野郎、おれの主に手を出そうとは、いい度胸をしているじゃないか。
当然、それなりの覚悟はできているんだろうな?」
声まで怒りに染まっており、ドスが効いている。
思葉は生唾を呑み下した。
家に居る時を除いて、玖皎が人型になることはほとんどない。
思葉が止してほしいと頼んでいるのもあるが、本人曰く、いざというときに妖力が足りなくなっては困るからだそうだ。
そしてたとえ人の姿となり実体を得ても、誰かに危害を加えるような行為に及んだことは一度もなかった。
つまり、所有者である思葉も、玖皎のこの行動を目の当たりにするのは初めてである。
刃傷沙汰ではないものの、この状況は非常にまずい。
しかし、どうやって止めればよいものか。
普通に割り込んだら、思葉まで奇異な視線を受けかねない。
さすがに車両の乗客全員が注目しているところに突っ込んでいくのは躊躇われた。



