今、思葉の頭は加速している心音とあいまって混乱していた。


どうして、行哉の名前を呼んでいたのだろう。


木登りの夢を見ていたときならまだ分かる。


だが、誰かと手をつないで歩く夢でまで彼を呼んでいたとはどういうことなのか。


少なくとも、あの人は行哉ではなかった。


思葉の知らない人だった――その手をとっていた自分の姿さえ。


手が震える。


それを握りしめて思葉は目を閉じた。


頭の芯が鈍くしびれている。


暗くなった視界に行哉の姿が見えて、また左胸の音が早くなった。


それが肺を圧迫して胸を苦しくしてくる。


まるで毒だ。


この毒の正体を思葉は知らない、分からない。


ため息をついたとき、テーブルに置いてあったスマートフォンが振動した。


來世からのメッセージを受信している。



《思葉ーっ!頼む、英語のプリント写させてくれください!


学校に忘れてやってねえんだよ!1校時から死ぬ!


おれぜってー当てられる!まじオネシャス(・ω・`人)》


〈いいよ〉


《Orz アザ━━━━━━━━ス!》



素早く返信し、ものの数秒で送られてきたメッセージを確認して鞄を背負う。


すぐに家から出たい気分だった。



「用事できちゃったから行くね」


「ああ、行ってらっしゃい」


「行ってきます」



玖皎を見ないようにして廊下に出る。


いつもなら面倒に感じる來世のこの頼みごとが、今はとてもありがたく思えていた。