本当に悪趣味である。
呆れと怒りを混ぜた声でそう続けようとして、思葉は訝しげな視線を送られていることに気づいた。
はっとしてそちらを確かめると、向かいに座る老婆が目を丸くしてこちらを見ていた。
この類の視線が何を示しているのか、声に出されずとも思葉は察せられる。
(……しまった)
思葉はごまかすように引きつった笑みを浮かべると、荷物を掴んでボックスシートから離れた。
立っている乗客の間をすり抜けるように歩いて、車両を繋ぐ蛇腹状の貫通幌(かんつうほろ)に滑り込んだ。
ここには当然誰もいない。
ぴたりと閉めた両側の扉の取っ手に捕まり、大きくため息をつく。
それから、肩に掛けた玖皎を睨んだ。
「ちょっと、どうしてくれるのよ。
あんたのせいであのおばあさんに、一人で喋る変な高校生だって思われちゃったじゃない」
霧雨玖皎の声は普通の人たちには聴こえない。
つまり先ほどの老婆の目には、思葉が何もないところに向かって喋っているように映っていたのだ。
完全に変人扱いである。
しかし、その原因は意味が分からないとでも言いたげな語調で答えた。
「知るか、おれのせいなのか?
おまえが声を出さなければよかっただけの話だろうに」



