「もう、俺にはコンクールに出る意味がない」
その言葉に、千尋は目を大きく見開いて、琉生の胸倉を掴んだ。
「そうやって、自分の都合であの子の願いまで踏みにじるんですか!?
どんな思いで応援してきたか知ってますか!?
先輩の演奏が大好きで、勇気をもらったって、皆に聴いてもらいたいって!
今まで、一緒に頑張ってきたんでしょう!?」
空港に出入りする人の視線が2人に集まる。
千尋は我にかえると、
手を離して一歩下がった。
「俺は先輩のことも、先輩の演奏も、全然好きじゃありません」
琉生は襟を直しながら言う。
「うっせ…」
「だけど、お願いです。戻ってきて下さい」
そう言って、千尋は琉生に頭を下げた。
琉生は信じられないモノを見たようにただ、じっと見つめていた。
2人の異様な光景を立ち止まって見る人までいる。
それでも千尋は頭を上げなかった。
「お願いします」
しばらく間をあけてから、
琉生がポツリと呟いた。
「お前…ほんと性格悪ぃのな……」
その声を聞いた千尋が顔を上げると、
琉生は困った顔をして髪をかきあげていた。
すみれの話まで出されては、
もう、何も言えなかった。
「……弾いてやるよ。自分のために…あいつのために」


