「一ノ瀬先輩。ちゃんと、悠希と話しました。本当に、ありがとうございます」
「俺は…何も」
先輩は嬉しそうでもなく、
少し悲しそうに笑った。
いつもはドアの隙間から会話をする程度だったから、一ノ瀬先輩の部屋に招かれたのはこれが初めてだった。
先輩の部屋は余計なものが何一つなくて、強いていうなら、大きなキャットタワーがあるくらいだった。
「先輩、本当はみんなのことすごく見てたんですね。なんか、ちょっと見直しました」
少し冗談めかして言うと、
先輩は少しムッと子供っぽい顔になって、私を見つめていた。
「へへ、冗談ですよ」
気にしてるのかなと思って、
そう言うけれど、先輩は少し悲しそうに目を細めてしまった。
「先輩……?」
そんなにまずかったかな…。
「あの…ごめんなさ……」
「恋愛って、すごい難しい…」
先輩はポツリとそう言った。
「えっ…?」
先輩は、なんでもないように潤んだ瞳で微笑した。
「男の部屋に長居するのは…よくないらしいよ…」
先輩はそう言って扉を開ける。
「あっ…ごめんなさい。ありがとうございました」
先輩、少し目が赤かったし、眠いのかな…。
私は申し訳なくなって、先輩にお礼を言うと部屋を出た。
閉ざされた扉の奥から、
ご主人様を心配する猫の鳴き声と、
鼻を啜る小さな音が聞こえた。


