天翔ける君




このままなにもなかったかのように暮らせれば、それは恵都にとって都合がいい。
気まずい思いをせず、穏やかで楽しい生活が続くのだ。

とりあえず、千鬼が結婚するまでは。

しかしそれでは駄目だ。
山吹の厚意につけ込んで甘えているだけで、それは卑怯だと思った。
問題を先延ばしにしているだけだ。

好きだと言ってくれた山吹には誠実でいたい。

恵都は話し続ける山吹を遮って口を開いた。

「私ね、こうやって山吹さんとおしゃべりするのが好き」

山吹は黙って、微笑んでくれた。
その優しい笑顔は答えをしっているのか、悲しそうで、恵都は申し訳なさで涙が込み上げてくる。

「山吹さんは優しいし楽しいし、お兄ちゃんみたいだなって思ってた」

山吹は静かに相槌を打つ。

「お母さんが死んじゃって、引き取られたお父さんの家には居場所がなくて、学校の友達とも――上手くいかなくて」

手が震える。
吐き気はするし、座っているのに立ちくらみみたいに眩暈がする。
少し思い出しただけなのに、目頭が熱くなった。