「……っ」
息づかいさえも大きく聞こえそうで、呼吸に気をつかってしまう。
きゅう、と唇を噛み締める。
そういえば、さっき初めて名前を呼ばれたんだよね。
『市原』って。
それだけで騒がしくなるわたしの心臓。
男性恐怖症にもほどがある。
でも、なんだか少し違う。
よくわからないけど、……いつもと、違うの。
ぺらり。
彼の長い指が教科書をめくった。
小さなその音は、わたしの心臓の音にかき消されてしまいそう。
どくん、どくん。
後藤くんに聞こえないかな、大丈夫かな。
意味もなく小さな咳ばらいをひとつ。
窓から教室に入ってきた、少し甘くて柔らかい風がわたしたちの髪を揺らした。
「────市原」
突然、呼ばれたわたしの名前。
へ? と顔を上げると、先生とばっちり目が合う。
「え、あ、っ」
どうしよう。
当てられたのに、話を聞いてなかったからなんのことかわからないよ。

