「どうした、何かあったのか?」


「別に…ないよ」


「………」


2人の間に妙な沈黙が流れる。


(…これが何もない人間のとる態度かよ)


物言いたげな背中を見て、河村は心配する。

カタン…裕一郎は手に持っていたグラスをシンクに置くと、

「ねぇ、久司」

小さな声で彼の名前を呼んだ。


「何だ?」



「…ううん、やっぱりいいや」



「良くない。言いかけて止められると、却って気になるだろうが」


「………」


「…裕?」


暫く躊躇っているようだったが、大きく深呼吸をすると重い口を開いた。



「オレってさ…怖い?」



「おいおい。何だよ、急に…」

河村は訝しげな表情で、小首を傾げる。

午前中、仕事に行ってくると出掛けた時は、いつも通り元気だった。

それが一変してこの様子である。

迎えに来てと電話があった時も普通だったので、何かあったとすればその後だ。

仕事を終え、帰ってくるまでの約3時間の間の出来事という風に推測できる。



「いいから答えてよ。オレの存在って、怖い?」



声を押し殺して振り向いた裕一郎は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
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