唐突に晦が言って跳び上がると、すぐそばの樹の枝に手をかけ、するすると樹に登っていく。
半ばまで登ったとき、どこからともなく白い布のようなものが――一反木綿が飛んできて、晦はそれに飛び乗った。
「今日は挨拶に来ただけなんだ。久々に江戸に戻ってきたから、兄上を屋敷に招待しようと思ってね。……ああ、でも、招待って言うのもおかしいね。兄上の屋敷でもあるんだから」
朔は晦を睨んだまま何も言わない。
刀の柄を握った右の手が、力を込めすぎてわずかに震えているのを、銀花は見た。
「萱村の屋敷で待ってるよ、兄上。母上も一緒にね」
母上、と言うときに、晦はちらりと猫目を見た。
けれどすぐに朔に視線を戻して、薄笑いを浮かべたまま、一反木綿に乗って飛び去って行く。
やがて白い影が見えなくなると、朔と猫目は銀花のそばに駆け寄った。
「おい、怪我は」
朔の言葉に、銀花はぎこちなく首を横に振った。恐ろしさで体が強張っていた。
猫目は安心したように小さく笑うと、すぐに眉間にしわを寄せて、銀花の足元で縮こまっている二藍を見下ろした。



