「え、朔?」
「猫目、おまえ店番してろ。ちょっとこいつ借りていく」
猫目に言って、朔は戸惑う銀花を引っ張り、長屋の方へ歩いていく。
そして朔の部屋に引き入れると、戸を閉めた。
狭い玄関で立ち尽くしたまま、濡れた烏の羽のように真黒な朔の瞳が、じっと銀花の顔を見つめる。
心臓が急に早鐘を打つ音が耳の奥に聞こえて、銀花は耐えきれずに一歩引こうとしたが、壁に背中が当たって半歩も下がることが出来なかった。
「朔? 急にどうしたの?」
「銀花」
問いかける銀花の言葉に重ねて、朔が言った。
その真剣な声音に驚き、思わず銀花は黙りこむ。
まっすぐに見つめてくる朔の瞳を見返し、そして、気づいた。
――朔が初めて名を呼んでくれた、と。
「おまえの一族を――水月鬼を滅ぼしたのは、俺の父だ」
前置きもなく、あまりに唐突に告げられたその言葉の意味を、銀花はしばらく理解できなかった。



