そのときたった。
「邪魔してごめんね、ルラちゃん。だけど、聞き捨てならないな。今どこにいるって?」
 低く落ち着いた声の、普段と違う口調。スピーカから聞こえた声に反応して、オゴデイくんが、パッとアタシの体を放す。
 ふぃん、と音がして、データの乱れが計測された。アタシは振り返る。ニコルさんとシャリンさんとラフさんがそこにいた。
「聞いてたんですか……?」
 ニコルさんとシャリンさんがうなずいた。シャリンさんがニコルさんに指示を出す。
「ストーリーは、今日はここで止めておいて。今すぐデータ解析を始めても、どの道、間に合わない。次回、ログイン直後に作業にかかれるようにするわ」
「了解だよ。今はルラちゃんのほうが重要かな。いや、この期に及んでハンドルネームを呼ぶのもおかしいか。甲斐笑音さん、今、キミはどこにいるの?」
 息が止まった。ニコルさんに言い当てられて、寒さと怖さで、唇が震えた。
「ど、どうしてアタシのこと……?」
 ふぅっと、ニコルさんのため息の音が聞こえた。それに続く声は予想外のトーンだった。声優としてセミプロの彼はいつも声を作ってたけど、今は素顔の声で言った。
「ボクの声に聞き覚えはないかな? 2日に1度は授業を担当させてもらってるんだけど」
 しなやかで柔らかくて少年的な声。31歳になるのに、若くて爽やかな声。大好きな声に、どうしてアタシは気付かなかったんだろう? ニコルさんとしての演技があまりにも自然だったから?
「風坂先生……」
 ニコルさんはうなずいた。同時に、初めて聞く厳しい口調で、風坂先生は言葉を重ねた。
「今どこにいる? 病院じゃないんだね? でも、この近くなんだろう? 迎えに行くから、場所を教えてほしい」
 居場所の特定なんて、ピアズではルール違反だ。規制を食らってインできなくなる。それは居場所を失うこと。教室にも家にもいられない、パパの病室にも行けない今のあたしにとって、ピアズにすら入れなくなるのは何よりも怖いことなのに。
「公園にいます……」
 答えずにいられなかった。迎えに来てほしかった。ひとりぼっちから救い出してほしかった。