「ねえ、稲葉。今日ちょっと付き合ってよ」


 舞が転校してから、舞がインフルエンザで休んでいた時のように、放課後は稲葉と二人で教室に残って喋るようになった。


「なんで、どこに」


 唐突に切り出した私に、稲葉が不審そうに眉を歪める。

 クリスマスに偶然出会ってしまった以外は、本当に校外で一緒に行動することなんてなかったから。

 私も稲葉に突然こんなことを言われたら同じような顔をしただろう。


「今日は二月十三日! 明日はバレンタインデー! というわけで、一緒にチョコレートを作ろう!」


 グッと拳を握りしめて、正拳突きのように稲葉に繰り出す。


「…………別に、いいけど」


 殴られるとでも思ったのか身を引いて背中を椅子の背もたれに押しつけるが、すんなり頷いてくれる。

 最近の稲葉は、いつもより優しさ増量中な気がする。

 バレンタインなんて


「誰にあげるんだよ」


 とか、


「なんで俺がそんなのに付き合わされるんだ?」


 とか言われそうな気がしてたのに。


「じゃあ、決まり。私の家でつくろう。私の家、今日は誰もいないの」


 最後の言葉。

 男女間で言うにはちょっと妙なニュアンスがあるけれど、稲葉が気にする素振りはない。


「じゃあ行こう」

「ああ」


 珍しく、二人揃って教室を出た。