うそつき執事の優しいキス

 一瞬、お化けかも! と身がまえて。


 それが、見知った顔だって判って息を吐く。


「……蔵人先輩」


 蒼い月光を浴びて、満月を眺めるその姿は、神無崎さんが言っていた『獣(けだもの)』ではなく。


 そのまま、月の世界に帰ってしまうヒトみたいだ。


 見ているうちに、闇に溶けて消えそうで。


 思わず声をかけると、蔵人さんは『やあ』と手を振って天使の笑顔を見せた。


「……宗樹の家が近い、から。
 この近所をバイクで通ったことは何度かある、けど。
 塀(へい)を一つ隔てただけでここは別世界、だね」


 西園寺屋敷って言われる塀の内側に来る日があるなんて、思わなかったから。


 なんだかめちゃくちゃ遠くまで来たみたいだって、そう蔵人さんは、はにかんで笑う。


「しかも本当にまさか。
 この僕がCards soldierのボーカル『ハート・クィーン』になるなんて、事。
 一週間前には全く予測出来なかっ、た」


 蔵人さんが、あんまりしみじみ言うものだから。


 思わずごめんなさいと頭を下げると、彼は、違うんだって、ぱたぱた手を振った。


「僕は本当にバイクに乗ること、と。
 あとはせいぜい。
 機械いじりぐらいしか出来、ない。
 音響効果の機械を設置したり、とか。
 完全に裏方やるつもりだった、から。
 今置かれている状況が嬉しいし素直に驚いてる、だけ」


 僕に、新しい可能性を見つけてくれて、ありがとう、なんて。


 真面目に言った蔵人さんの言葉に……なんか、照れる。