うそつき執事の優しいキス

 そう、口ごもりながら聞けば、そのヒトは「へっ!」と息を吐いた。


「病院! 要らねえよ、そんなもん。
 こんな傷、日常茶飯事だ。
 オレはここで、ヒト待ってるし!
 万が一、病院に行くとしたって、見ず知らずのてめーじゃなく、そいつと行く」


「ですよね~~」


『なんだ、コイツ、変な女』なんて、心の声が聞こえて来そうで。


 わたしは、そのまま首をひっこめて退散しようと思ったんだけど。


 この、短い間喋るだけでも、相当痛かったらしい。


「痛っててて」と口の中で呟く彼を、やっぱり、そのまま放っておくことなんて、出来なかった。


 この通路の奥には、トイレがあって、人ごみを抜けなくても水道まで移動できる。


 わたしはハンカチを濡らして、彼の頬にあてた。


「……っ、て! てめ、何す……」


「じゃ、そのヒトが来るまで、せめてこれで冷やしててくださいね」


 我ながら、濡れハンカチを当てるなんて、ちょっと唐突だったかもしれない。


 いきなり頬が冷えてびっくりしたらしい。


 彼の驚く顔に、ハンカチを押しつけるように握らせて、ここから移動しようとした時だった。


 彼が、ぱし、とわざわざ音を立てるようにわたしの手首を掴んだ。