* * *

「何がそんなに松下さんを止めるのかは、教えてほしい。」

 圭介には自分が止まっているように見えるのかと思うと、何故これほどまでに見透かされてしまっているのだろうと思う。確かに止まっている。しかし、今すぐに動き出すことはできない。

「……。」

 何も言えない美海に呆れもせずに、圭介は腕をひいた。

「帰ろう。…こんなところで唐突に本当にごめん。」

 謝らなくてはいけないのは間違いなく自分だ。今、圭介にこれほど『ごめん』と言わせていいはずがない。そんなことはわかっている。

「…ごめん、なさい。」

 何に対する謝罪なのかわからないままに口にした。美海の腕を掴む圭介の手の優しさに、我慢していた涙がこぼれ落ちた。
 泣き顔を見ないでいてくれるのは圭介の優しさだと知っている。こんなにも自分に優しくしてくれる、大切な人なのに、その想いを疑っているわけではないのに、真正面から想いを受け止められない。いつも自分は弱い。人を好きになりたいのに、好きになってほしいのに閉ざしてしまう。こんな、途方もないくらいに広がった不安を一つずつ誰かに話すことなどできない。こんなことを話しているうちに人は離れていってしまうような気がする。圭介はこんな話を打ち明けてほしいと言っているのだろうか。美海の頭はさらに混乱した。

「…松下さんは悪くない。」

 その次に『悪いのは俺』と続きそうだったら涙声でも止めようと思ったのに、圭介はそう続けなかった。いつもこうして自分を肯定してくれる人なのに、そんな人が好意を向けてくれているのに。それを受け止められない自分へのもやもやだけがぐるぐると渦巻く。

「到着。」

 ゆっくりと離れた圭介の手。その温もりを名残惜しいと思うのに。素直に、離さないでなんて言えない。

「っ…。」
「…あのさ、そういう目で見ないで。」
「え…?」
「離したくないって、…思うだけじゃなくて、行動に移したくなる。」

 ゆっくりと背中に回った圭介の腕が美海の身体を引き寄せた。ふわりと香る潮の匂いと、圭介の香りが鼻をくすぐった。

「浅井…さん…。」
「隙が多いのに、何でも自分でやろうとして一人で何とかしようとする姿、嫌いじゃないけど、…目が離せなくて心配になる。」

 ゆっくりと離れた身体。圭介はもう一度口を開く。

「おやすみ。次会うときは、ちゃんとする。」

 圭介の方が先に美海に対して背中を向けたのは、これが初めてだった。