10回目のキスの仕方

「圭ちゃん?」
「玲菜は良いって言うけど、今の状況で良いっていう玲菜が良くない。」
「え…?」

 今のは言い方が難しかったかと少し反省する。回りくどい言い方では、玲菜が理解してくれるはずもない。

「玲菜の気持ちを疑わないことにするよ、もう。だからはっきり言う。俺は玲菜を好きじゃない。恋愛的な意味で。」

 玲菜がわかりやすく傷ついた顔をした。

「…それは、…松下美海を好きだから?」
「んー…どうなんだろう。まぁ、それは俺の問題だし。」
「…なんか、ずるいし納得できない。圭ちゃんに好きな人、いないのに。」
「俺に好きな人がいれば、玲菜は諦められるの?」
「…そう、でもないかもしれないけど。」
「どっちにせよだめか。」
「彼女ができたら…諦める、って…決めてた、けど。」

 『彼女ができたら』という言葉は、今の圭介には少し重い。彼女ができる予定はない。つまり玲菜の想いを断ち切るための要素を用意できないことになる。ただ、無駄に玲菜が自分を思い続ける時間を長くしないようにすることが、今の自分にできる最善だとも信じている。玲菜にとっては余計なお世話だということは知っていても、だ。

「とにかく、簡単に身体を許さないこと。こんなことを男の俺に言わせてるようじゃだめ。」
「…圭ちゃん、ほんとに男?普通男って女が迫ったら手を出してくるんじゃないの?」
「一体何で勉強してるわけ?こういう勉強より数学赤点にならないための勉強をしてほしいんだけど。」
「…はぁい。」
「今日は帰るよ。もう時間は過ぎてるし。わからない問題あったら連絡して。」
「…うん。」

 圭介は自分の荷物をもって、玲菜の部屋のドアを閉めた。後ろを振り返ることはしなかった。

「いつもありがとうね。集中力がもたない子だから手を焼いているでしょう?」
「あー…はい。ケアレスミスがちょっと…。」

 不意に話しかけてきたのは玲菜の母だった。穏やかな笑顔はあまり玲菜と似ていない。ひとまず、ついさっきまで娘を脅すために押し倒していたなんてことは言えない。

「それでもね、圭介くんがきてくれるときには頑張って部屋の掃除をしたり、復習したりしてるのよ。まぁ、いつもよりすこーしだけ頑張ってるってくらいなんだけどね。」
「…そう、ですか。早く成績に反映されるように頑張ります。また、来週。」
「よろしくね。」

 向けられる想いが本物がどうかなんて、他者には一生推し量ることはできない。それを強く感じながら、圭介は玲菜の家を後にした。