10回目のキスの仕方

「浅井サンも彼女だって?」
「…何も、言ってなかったけど。」
「まぁ昨日の今日じゃねー。ってか今日講義被ってなくてよかったね。」
「…うん。」

 玄関に1枚のメモが落ちていた。それに目を通して泣きそうになったのは今朝のことだ。今の美海には圭介にあわせる顔を準備する勇気がない。

「でもさーそれって女の方が勝手に言ってるだけってこともあるんじゃないの?」
「…でも、彼氏でもない人と…き、キス、とかする…の?」
「キス!?なに、浅井サンとその子、キスしたわけ!?」

 美海は頷いた。鮮明にあの場面が蘇ってくる。

「それでへこんでるわけだ。」
「…なんでこんなに…なっちゃうんだろう、私…。」

 わからないことばかりだ。上手く話したいのに話せなくて、泣きたくないのに涙が出て、話を聞きたいのに聞けなくて。やりたいことと、できることが全く合っていない。

「…なんでって、おーい!鈍感にも程あるでしょ。」
「え…?」
「まぁ、美海が自分で気付かないと意味ないからあたしは何も言わないけど。」
「あ、明季ちゃん…!助けてよぉ…。」
「涙目の美海は貴重だけど、やだー。」
「…意地悪。」
「何とでも言って。というか、浅井サンから何もないの?」
「何も…なくは、ないけど。」
「と言うと?」
「メモ、入ってたの。ちゃんと話したいって。」
「それで、美海はどうしたいの?そこが、一番大事でしょ?」

 明季の言うとおりだ。結局、自分がどうしたいのかがいつだって一番大切だ。それなのに、今はどうしたいのかがよくわからない。会いたいような、そうではないような。聞きたいけれど、聞けない。話してほしいと言いたいのに。

「だけど、…言えない。言えないよ。」

 その先を聞くのが怖い。もし圭介の彼女だと、その口から聞いてしまったら。

「…浅井さんと、仲良くなりたいって…思っちゃ、ダメ、に…なっちゃうかな。」
「んー、まぁ、場合によってはだけど。あと、仲良くなりたい質の問題?」
「質?」
「前言ってたみたいに友達として、なら大丈夫だと思うけど。」
「…大丈夫、かな?」
「少なくとも、浅井サンがメモくれたってことは、浅井サンには関係を崩したくないっていう意思はあると思うけど?まぁ、キスシーンなんて見ちゃって気まずい美海の気持ちもわかるけどね。」
「…明季ちゃん、容赦ない…。」
「美海に容赦しても仕方がないでしょ?」
「…そう、だけど…。」
「ま、あんまり間をおくと、ますます顔合わせにくくなるよ~。」
「でも、…連絡を取る手段が…。」
「あるじゃないの、一番手っ取り早いやつ。」

 スライド式のドアが開いて、教授が来た。お喋りの時間はここまでだ。