「え?」
「…そんなこと、ないと思いますよ。それに、美海の話を聞いていて、問題は美海の外側にはないと思いました。」
「美海ちゃんの外側?」

 圭介は静かに頷いた。問題を抱えていたのは、美海の生い立ちでも美海の家族でもない。美海の考え方そのものだ。

「ものの見方が変わったんだと思います。だから、少しずつ進めるようになった。少しずつ…本当に少しずつ美海は色々なことを話してくれるようになった。それからです、ちゃんと笑うようになったのは。」
「…そっかぁ。今はちゃんと笑ってるのね。」
「はい。」
「すごいなぁ、圭介くんは。」
「え?」
「私が何年も頑張ってやったことを1年もかけずにやっちゃうんだもん。」

『結局成功してるしさー』と少しぶすくれた顔で言う彼女は、今はどちらかと言えば母親ではなく一人の個として物を言っているように思える。

「…でも美海は、今日お母さんがあんな風に出迎えてくれたことに安心したから勇気をもって踏み出せたんだと思いますよ。」
「…うまいなぁ、圭介くん。モテるでしょ?」
「いいえ、全く。」
「あれぇ、おっかしーなー。あ、わかった。美海ちゃん以外は眼中にない!ってのが強すぎるからじゃない?」
「…そうかもしれません。」
「またしても否定しない!じゃあもっと掘った質問するけど、美海ちゃんとはどこまでいってるの?」
「…ご想像に、お任せします。」
「結婚前に妊娠させたりなんかしたら、さすがのお父さんも結婚に渋い顔するからね。」
「…それは、ないです。」
「結婚する気は?」

 突然飛躍した質問に、ぼんやりと考える。今すぐ結婚したいかと言われれば答えはノーだ。そして結婚を考えたことがあるかと問われても答えはやはりノーになる。ただ、結婚する気があるかという問いにノーと答えることは嘘になる。

「…なくはない、ですけど…今すぐどうこうとは考えていません。」
「私は…圭介くん以外に美海ちゃんをあげるのやだなぁ。」
「…ありがとうございます。」

 意外と飲みっぷりのいい美海の母親に、圭介の口元は緩んだ。美海と彼女が二人で会話するところをもっと見たいとも思った。ぐいぐい押されて困る美海の姿が目に浮かぶ。押されて困りながらも、それは美海にとって本心では嬉しいことだろう。

「プロポーズの言葉は教えてよね。」
「…気が早すぎますよ。」