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静かに涙を零す玲菜を見るのは久しぶりだった。撫でる手を止めなかったのは単純に自分が心地良かったからだった。一向に泣き止む気配はなかったが、その心情を思えば仕方のないことだった。
ずっと好きだった人、親戚の年上の男。それに彼女でもできたのだろう。うるさいくらいに好きだと言っていたことを鮮明に思い出す。人の気も知らないで。

(…どうして俺が、お前の涙声に気付くのか、全然わかってねーだろマジで。)

言いたいことは沢山ある。どうして自分が今日ここに来たのか、その理由は幼馴染だからだけではもちろんない。我儘で自分勝手な奴だと知っている。それでもその我儘と身勝手さに付き合うのは、付き合いきれるのが自分だけだからだという自負があるからだ。そして、その我儘も身勝手さも、誰に対しても出しているものではないと知っているからだ。

「…圭介、だっけ、あいつ。」
「そう。」

ぐすっと鳴る鼻。幼い子供みたいだ。

「彼女できたんだ。」
「そう。しかもすごいいい人なの。勝ち目ない。」
「玲菜が弱気なの、珍しい。」
「…珍しくないし。普通に勝ち目ないって最初から思ってたし。」

珍しくなんか、本当はない。強気なフリをしなければ、負けてしまうから。だからこそ強くあろうとあがく彼女を知っている。だから必要とあらばすぐ傍に行く。傍にいてやる。口先ほど強い奴ではないから。

「相手、美人?」
「美人系じゃない。可愛い系。」
「性格は?」
「いい。あたしに対しても。おどおどしてるけど。」
「どんだけびびらせてんだよ。こえーな。」
「…あの人、全然びびってなかったと思う。」
「強い人なんだ。」
「…強くないよ。多分。でも圭ちゃんのために変わった、よーな人。」
「ふーん。」

その『圭ちゃんのために変わった人』の中にもれなく自分も入っていることに気付かないこの馬鹿な幼馴染が、自分にとって特別であることは、ずっと前から変わりようのない事実だ。

「玲菜。」
「なに。」
「泣き止んだら、お前の好きなもんでも食いに行くか。」
「奢り?」
「…はいはい。」

たったそれだけでちょっとだけ笑う。お前にとって失恋なんてその程度なのかとつっこみたくなるが、それ以上に、単純に可愛いからもう何もかもがどうでもいい。
とりあえず笑っていてくれと、切に願う。