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「音々さん、本当にリビングでいいの?」

 祖母は布団を運びながら、私を気遣う。
 私はソファーを移動させ、布団を敷く。

「はい。蛍子さん暫くお世話になります。あの……綾さんはどんな娘さんでしたか?」

「綾ですか?お友達の方が綾のことはよくご存知でしょう?綾は三姉妹の中でも自我が強くて、我が道を行くタイプでね。結婚も勝手に決めて親の意見なんて聞かなかったんよ。まだ20歳なんだから、結婚はもう少し待ちんさいって言ったのに、お父さんが認めるんだから。男親は結婚前の準備がどれだけ大変かわからないんだから呑気でいいわよね」

「そうなんですか?」

「蒼さんはご挨拶に来た時、緊張しすぎて『娘さんを下さい』って言わなかったんよ。それなのにお父さんの方が、どんどん話を進めちゃうんだから。『娘さんを下さい』って言わない人に、ふつうは大切な娘をあげないでしょう」

 祖母は当時を思い出し、クスクスと笑った。父と祖父のやり取りを想像し、思わず顔が緩む。

 父は家族の前では饒舌《じょうぜつ》だが、人前では無口になる。きっと緊張して、肝心なことが言えなかったのだろう。

「綾があまりにも結婚を急ぐから、親戚におめでたと勘違いされたんだから。そんなことなかったのにね」

 両親は3年間交際し結婚に至ったと聞いたことがある。両親がどんな出逢いをし、どんな恋をしたのか。

 20歳で結婚を決めた母。

 16歳の私には想像がつかない。

「蛍子さん、綾さんに赤ちゃんが出来たら嬉しいですか?」

「綾に赤ちゃん?まだ2人とも若いからね。ままごとみたいな夫婦だから、赤ちゃんは当分先でしょう。それに、まだ『お祖母ちゃん』なんて呼ばれたくないし。それよりも美紘を結婚させないとね。早くいいご縁があればいいのだけれど。
 桃弥君と音々さんは家に帰れない事情が何かあるんでしょう。お父さんが『好きなだけここに泊まらせてやれ』と言ってたけど、ご両親はきっと心配してるわ。ここにいることだけでもお母さんに知らせてあげてね」

「……はい」

 祖母の言うことはよくわかっている。
 両親に知らせたいけど、知らせるすべがない。
 結婚したばかりの両親に、『私はあなたの娘で、未来からこの時代にタイムスリップしました』と知らせても、頭がおかしいと思われるのがオチだ。

 桃弥君が濡れた髪を拭きながらリビングに戻る。

「蛍子さん、お風呂お先にありがとうございました」

「桃弥君、湯加減はどうでしたか?音々さんもお風呂どうぞ。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 祖父のパジャマはMサイズ。高身長の桃弥君が着ると袖は七分袖となり、足首も出ている。

「プッ……。かかしみたい」

「何で、かかしなんだよ。笑うな」

 桃弥君が恥ずかしそうに頬を赤く染めた。