ふいに桜田くんに手首を掴まれた。
そのまま引っ張られる。
突然のことに対応できず、私はよく理解できないまま引き寄せられた。
マンションの塀と3階建てのビルのフェンスに挟まれた、車が頑張れば通れそうなくらい細い横道だ。
その塀に背中が当たったけど、痛くはない。
はずみでカバンが肩から滑り落ちた。
上を向こうとして、顔のすぐ傍に桜田くんの右肘から先がふわりとついた。
そっと包みこんでくるような動きだったのに、少しもゆるぎないように感じる。
すぐ目の前に、桜田くんが覆い被さるように立った。
オレンジ色の街路灯が桜田くんの顔を半分だけ照らしている。
毎日見てきたはずなのに、全然知らない人のようにも映って、だけどすごくかっこよくて、思わず私の小さな胸が高鳴った。
知らないんじゃない、見慣れていないだけだ。
これは男の子の顔をしている桜田くんだ。
「壁ドンって、こうやること?」
優しく尋ねられる。
息が頬に触れて、私はさらにドキドキしてきた。
ドキドキする?と聞かれたけど、小さく頷くので精一杯だった。
「僕もしてる」
囁くように言って、桜田くんが笑った。


