ここから先はさらに街灯が少なくて、伸ばした指の先が辛うじて見えるかなってほど暗い。
ぼんやりと淡い人工の光は、この夕闇をさらに濃くしているようだった。
全く本来の役目を果たしていないけど、私は嫌いじゃない。
その光を見てから、今度は私が桜田くんの方を向いて首を傾けた。
また、いつものように質問してくれるのかな。
「なあに」
「壁ドンって知ってる?」
「え?」
予想通りだったけど、その内容が予想以上だった。
桜田くんの口から『壁ドン』って言葉が出てくるとは思わなかった。
「今日、隣の席で女子が話していたのが聞こえたんだよ。
『壁ドンされたら女子はやばい』って」
「そ、うなんだ」
「新里さん、知らない?」
路地が暗くてよかったと心から思った。
今の私、きっと顔が赤くなっているから、恥ずかしくて見られたくない。
白い息を吐いて、緊張しかけた心を落ち着かせる。
「男子が女子を壁側に追い詰め、る?
追い詰めるというか追い込むというか、何て言うんだろう……でも多分そこまで緊迫した状況じゃないと思うけど。
それで、壁に手をついて逃げられないようにするってことみたい。
あ、マンションとかで、お隣にうるさいって意味で壁を叩くのとは違うよ。
それも壁ドンって言うんだけど」
「それをされたら、女子はやばいの?」
「ドキドキ……するからかな?」
たどたどしい説明だったけど満足してくれたみたいで、桜田くんは「ふうん」とだけ言った。
良かった、何とか乗り切れた。
私は横を向いて、こっそりため息をついた。


