事態が変わったのは、中一のときに祖母が死んでからだった。 両親は昔から絵描きになるのに反対だったらしく、祖母という後ろ楯を亡くした私を真っ向から否定し始めた。 私は、どうしても絵描きになりたかった。 唯一見つけた特技を、生き甲斐を。 奪われるのは、死ねといわれたも同然だったわけだ。 そんなときである。 私の楽園の美術部で――浅倉と出会ったのは。