「で、また明後日な方向みてますけど、なんなんですか」
「あ、そうそう、あのね……それさ」
話そうと決意したところで『成田さん』と呼ばれ、振り返ればそこには神谷さんが書類片手に手を振っていた。
「じゃ、美桜さんまた今度ってことで。神谷さん呼んでますよ。あ、言っときますけど私今日は残業しませんからね」
「今日はじゃなくて今日もでしょ」
「そうでしたっけ」
「またまた」
話はまた今度ということで上田さんに別れをつげ、神谷さんの元へと小走りに行く。
どうやら今日も私は残業決定のようだ。
うちへたどり着いたのは23時を回っていた。
死ぬな。
これ、確実に死ぬな。うん、しむ。
「ただいまー」
玄関を開ければおいしそうなごはんの匂いに癒された。
今日はカレーだ。
松田氏特製のカレーは甘口キーマに仕上がっていてそこにレンコンも入っているためかシャキシャキの食感が癖になる。
本当に癖になる味でやみつきだ。
粉から作る徹底された作り方にスパイスも数種類ブレンドする、インド人もびっくりな本格的。
けっこう時間かかると思うんだけどな、会社終わってすぐ帰ってきて作ってたってことかな。
じゃなければ仕上がらないだろう。
しかし松田氏は料理に時間は惜しまない。
だからこそのこの仕上がりなわけだ。
「カレーありますよ。食べましょう」
「匂いで分かった。松田氏まだ食べてなかったの?」
「食事は一緒の方がおいしいでしょ。お腹すいて死ぬかと思いましたよ」
「松田氏ー」
手を伸ばせば『はいはい』とハイタッチ。
狭い脱衣所で着替えを済ませ、手洗いうがいをすませるとこたつにもぐりこんだ。
ところで気が付いた。
「羊君は?」
「さあ。帰って来ませんね」
しれっとしている松田氏は羊君のことは無視して食事にしようとしている。
「ちょっと心配だし電話でもしてみようかと思ったんですけど、俺電話知らないし、それに男だし、気にすることでもないかなって」
「あー……確かに。羊君だって男だもんねー……え!」
「そこで変なこと考えないでくださいね。俺はそういうんじゃないですから」
「はあ……」
そういえば、松田氏だって草食系だけどひとまず男なんだよね。
と思ったら急にそわそわし始めて、ちらちらと松田氏を盗み見した。
「余計なこと考えてないでいいですよ。食べないんですか。俺、ずっと待ってたんですけど」
「食べるに決まってんじゃん。今すぐ食べるわ!」
カレーはいつも通りすこぶる美味しかった。
が、
羊君は結局帰って来なかった。

