会社では一切会うことがない。

フロアも違うし何にせよ休憩時間だってぜんぜん違う。

松田氏も羊君も定時に休憩に出るが、私は相変わらず三時前後だ。

今日だってまたも三時を過ぎようとしているわけだ。

がしかし、社食がなかなかおいしいことを教えてくれた松田氏のおかげで外に出ることなく済ませられるので時間の短縮にはなった。

とはいえ、ここはもちろんお金の無い新入社員や女子会のなごりのような女子社員たちがわんさかいるので、恋愛話だったり愚痴だったりが聞きたくなくても聞こえてくる。


そう、聞きたくないことだって耳を塞ぐ前に聞こえてくるわけだ。



「そういえばさ、この前言ったんでしょ?」

「んー、あー、あれね、言った言った」

「なにそれ、その感じだと駄目だった的な?」

「そうみたいなんだよね」

「何みたいってどういうこと?」

「松田さん、今同棲してるんだって」

「は? まじ? 誰と? 初めて聞いたんだけど」

「私も。誰と一緒なのかは知らないし、そこまで聞けなかった」



飲みかけの茶をあやうく吹き出しそうになった。
いやいや取り乱すな私、この広い会社に松田姓を名乗るやつなどごまんといる。松田氏がそれにあたるとは限らない。



「なんかね、ほら、結果フラレたでしょ、でもさ、やっぱ諦められなかったっていうか、だから、今度食事にでも行きませんかって言ってみたんだけど、ごめんねできないって言われた」

「あー、それ完全に彼女じゃん。いるって言ってるようなもんじゃん。てことは婚約者とかなのかな。居てもおかしくないよね」

「確かにね。って誰なんだろう。あー、ショックだったよー。かなりショック」

「松田さんってあの海外営業の松田さんだよね」

「ほかにいる?」

「や、わかんないけど。でもあんたそれすっごい倍率のとこ狙って当たってったよね。見込みあったの?」

「んー、挨拶くらいはしてたまに話す程度。でも感じよかったから」

「それだけで見切り発車したか! その行動力少し分けてほしいわ。で、どうすんの?」

「んー、あきらめきれないからなあ、様子みてすっと入り込めたらいいんだけど」

「相変わらずあれだよね、えげつないよね。かわいい顔してやることえげつない」

「だってー。てか言い過ぎだよそれー。あははは」


松田氏のことで間違いないだろう。


同棲、営業部、あたりがいい。揃えばあいつに間違いない。
なんだ、そんなことがあったのか松田氏。

何も言わないしそんなそぶりも見せないから分からなかったじゃないか。いや、けっこうこういうの頻繁にあって慣れてるとか?

にしてもだ、ほんとかわいい顔して、大人しそうな人ほど何考えてるか分からず、やることが怖いっていうのは結構当たっているのかもしれない。

もし私だったら、フラれたらきっと落ち込んでそんなこと考えられないと思う。

一度拒否されたらもう恥ずかしくてその人の前に出られないよ。

この人に関して言えば違うんだろうな。一度駄目でも様子を気にしながら入り込める隙間を探してる。

もしかしたら男の人ってこういうのに弱いのかもしれないとうっすら頭の中に松田氏の顔を思い浮かべた。