「なんでそうなったのか、なんで成田さんが話せなくなっちゃったのか、そこを考えれば分かるんじゃないですか。びっくりしたってのもあると思いますけど、それが分かれば夜に会うときにはきっと落ち着いてると思うし。あ、そろそろ俺行きますね。歯磨きして戻ります」
「女子みたいだよ」
「そうですか?」
なんかまたあれだ。
とんと突き放された感じがする。これ、さっきもそう思った。時々冷たいところがあるような。
ひとこと、ちゃんと自分で考えてください的なことを言って、乾いた音を立てて立ち上がり、自分のトレイと私のトレイを持って、目も合わさずに行こうとした。
「あ、松田氏……トレイ、自分で持っていけるよ」
「……いいですよ。まだ時間あるし、成田さんは今日の夜のこと少し考えといたほうがいいですよ。あの人……」
あの人のあとが回りの雑音にかき消されて聞こえなかった。だから、松田氏を呼び止めたけど、聞こえなかったのか、止まることなくそのまま人の流れの中に溶け込んでしまった。
両手の中にある紙コップの中のコーヒーはのんびりと湯気をくねらせ、それとともにコーヒーの香りも辺り一面に振り撒いている。紙コップを持っている手は暖かくなっているけれど、心はだんだん冷たくなる。
ふと松田氏の座っていた席にあるものを見つけて目を止めた。
そこには100円玉が一枚。
まさかと思うけど、本当に本気で100円を落としたと思っているんじゃなかろうか。
眉間に皺を寄せながら右手でそれを弄び、既に戻って行った松田氏の姿を、まだそこら辺にいるんじゃないかと思って探していた。

