帰ってきたライオン


アジアンダイニングはいつの間にか私の頭の中から押し出され、変わりに羊君の顔で頭の中がいっぱいになった。

そこにつったったまま三回ほどエレベーターを見送って、我に返った。

午後も仕事はある。
しかも、仕事終わったら羊君と会って話をすることにたったいま決まった。
でも、なんて話す?
何を話す?

話なんて吹っ飛ばして一発顔面にくらわそうか。
蹴り飛ばすか。
それとも背中どーんて押してやるか。階段の上から。


拳を顔の前でぎりぎり握りしめた。ところにフワッと手を被せられた。あったかい手、覚えがある。


「こんなところで拳握りしめてこれから喧嘩にでも行くつもりですかー」

やんわりと降り注ぐ言葉とともに、ぱんぱんと手を優しく叩かれ力が抜けた。

「松田氏……っはっ! やばい。会社でも松田氏って呼んじゃった」

「いいですよ、てかいいんじゃないですかそれで。それにしても珍しいですね、成田さんいつも三時くらいにお昼行くって言ってたから、さっきエレベーターで見つけて思わず戻ってきちゃいましたよ。あははは」

「エレベーター?」

「はい。下向いて乗らなかったから100円でも落としたのかと思って心配して」

「落とさないわそんなもん」

「ははは。嘘ですよ。お昼まだですよね? 社食でも行きます?」

「なんかさ、不思議なものでね、松田氏の顔を見たらお腹空いてきた。さっきまでぜんぜん空かなかったのに」

「……なんですかそれ。お腹減ったし、行きましょう」


なんだ今の間。

いつもの松田氏とは違う気配がしたけど気のせいにしよう。

きっとそうだ、羊君事件が起こったから何かにつけて敏感になってるんだろう。

そう思いたい。