帰ってきたライオン


「何かが落ちるすごい物音がして、その後しんと静まりかえった。しかしてすぐに静寂はやぶれ、張り裂けんばかりの悲鳴、怒号が上がった。

これはいかんと焦って部屋を飛び出して走って来てみたら、お皿や窓の割れる音が聞こえてね、断りなくドアを開けてみたら、男女が血まみれになってとっ組合をしていてね、

傍らには包丁、髪を引っ張りあい罵声を浴びせ合い、涙だか血だかもうそれは分からなくなるくらいの勢いだった。

辺り一面血の海。

住民が警察を呼んで二人はしょっぴかれていったんだが……

その後ここに戻ることなく、結局二人はしばらくして自殺してしまってね。

いや、心中だったかなあ、保護者の方からそれとなく連絡をもらってね、ごっそり部屋全部、壁もたたみも変えたんだけどねえ、

それ以来、なーんかおかしいんだよね」


「……それ、いつの話なんですか」

末恐ろしい話を聞かされ、乾いていた喉はもう完璧に砂漠化した。

「いつだったかなあ、かれこれ7、8年になるかねえ」

「この部屋で?」

「そう。そう言ったでしょ。ほれその壁、上から下まで血だらけだったっけねえ。へへ」

「……」

固まる。
そんな話よくまあしゃーしゃーと言えたもんだ。これって問題になるんじゃないの?

こういうのってほらあれだ、報告義務があって借りる時に知らせるものじゃないの?

これ、訴えたら勝てる事案なんじゃないの?
もしかしたら賠償問題に発展するんじゃ……

「大家さん、まさかのうちの親知ってます?」

「ん? 勿論。ここまで詳しくは知らんだろうがこの部屋で何があったかは全部知ってるね」

「はあ。なんでうちの両親はそんなところに……」

「松田君のとこのご両親とはむかーしから縁があってね、君ほら昔から怖がりだったでしょう? 怖がりを治すには丁度いいんじゃないかってね」

「そんなわけないでしょ! 完全に逆効果ですよ、更に恐い! 俺、そんなこと一言も聞いてないし」

「そりゃそうでしょ。いやほらでもそのおかげでこんなしっかりした彼女ができたんだから、いいじゃないのー」

!!!!!

彼女?

いやいやいや、違うんだけど、なんで私こんなにドキドキしてるんだ。松田氏も、なんか言い返してよ。怖いのは分かるけど固まってちゃなんにも分かんないし、大家さんの頭の上、はてなマークだらけだよ。