帰ってきたライオン


何かでちゃったかなとは何事か。
やはりここには何かあるのか。はたまた何かのカミングアウトにきたのか、その出で立ちからは何もキャッチできない。

ぴゅるるるっと冷たい風が足元をさすり、思わず足先から鳥肌が立つ。

大家さんは何食わぬ顔で、後ろに後光を背負いながら日向のごとくポカポカしているが、いまさっき放った言葉は悪意に満ちている。

「何かでちゃったかなって、どういう意味ですか?」

口からからで喉に潤いなく発した言葉は枯れ草のようで、乾いた空気に混ざりかさかさになって床へ落ちた。

「いやほら、成田さん塩持ってるからなんかでたのかなーってちょっと思って」

「ちょっと思ってって、出るんですか」

「いやいやあははははは」

「やめてくださいよそれ、それでもう答えちゃってるようなもんじゃないですか」

「あれれ」

「あれれじゃないですよ」

「まあまあ、座りなさい。話しましょう話しましょう」

なんか顔笑ってるけど、私たちぜんぜん面白がってないよ、逆に怖がってんだけどね。

なんとも空気の読まねージジーだなあと眉間に皺がよるが、松田氏はぷるぷると首を振り、顔は青くなっていた。

部屋の真ん中に大家さん、松田氏、私の三人が座り……正座し、松田氏に至ってはぱんぱんになったリュックをお腹の前でしっかりと抱き抱えている。

冷たい風が吹いている外で、カラスが一鳴きした。

「さて、私は話すのが好きでね、聞かれなくても話しちゃうからほら、妻に怒られるんだけど、そうだ、これ食べるかい?」

ポッケから出てきたのは雷おこし。

もしや外のカラスはこのおこしの匂いをかぎつけて鳴いたのか。さっと外を見れば、どこにもカラスの姿はない。かわりにすずめがちゅんちゅんちゅんちゅん鳴いている。

丁重におこしの申し入れを断り、話の先を急いた。



「そんなに急かさなくても話すから。そうだなあ、あれは確かしとしとと雨が降っていたっけね、

梅雨も中頃、そろそろ本格的な真梅雨に入る頃、あのできごとが起きたのはその頃だった。

当時この部屋には若い男女が二人で住んでいてね、ちょうどそう、あなたたち程の年頃だったかな、最初は仲が良かったが一緒に生活するとなるとほら、お互い受け入れにくいことも起こるものでしょ。

小物類ひとつの置場所でいがみ合ったりさ、態度にイライラしたり、だらしなさに幻滅したりさ、男だって女だって家の中では気を抜きたいでしょ、

それがほれ、若さゆえに許せんかったこともあったんだろうねえ、ある日……」