帰ってきたライオン


「なめくじじゃあるまいし、塩撒いて消えるものなんですか?」

とは、松田氏の疑問。
せっせと荷物を詰めながら霊に塩が効くのかを疑っている。

「そもそもだね、古来から日本では『塩』には『清め』の力があるといわれているんだよ。だからほら、お葬式のあとなんかは塩もらって玄関入る前に振るでしょ」

「……ああ」

「空気の入れ替え、それから塩を撒いて、最後に盛り塩して終わり。これで少しはまともになると思うよ」

「……少し落ち着きますね」

「落ち着きますねじゃないんだよ、そもそもだね、松田氏のためにわざわざやってるんだからもんく言わずにさっさと荷物を詰めてよね」

「あっ、もうすぐ終わるから」

止めた手を再度フル活用し、私はおすもうさんを感じさせる手さばきで塩を撒く。もちろんそのあとは腰辺りで手を拭いてみる。

一通り終わり、改めて松田氏の部屋を眺めると、けっこうこざっぱりしている。そして、さして物があるわけでもない。


本棚には経済学の書物始めジャンル問わずにある小説の類い、どうしてかは謎だが医学書に建築に関わるもの、自己啓発本、諸々。

ハンガーラックには小綺麗なスーツがかなりの数、綺麗にかけられ、どれもクリーニングに出されたあとだった。

物は少ないがコンパクトにまとまっていて、男の独り暮らしにしては申し分ないだろう。

ふと戸口に気配を感じて二人同時に振り返ればそこには、

「おやまあ、年明けに大掃除かい? それとも何かデチャッタかな」

意味深に深く笑う大家さんの姿。

両手を後ろ手に組み、にこにこ笑顔はポーカーフェイスだろう、やや腰の曲がった中老の爺は私と松田氏を交互に眺めると、薄い唇を真横に伸ばし、口元だけで笑ってみせた。