帰ってきたライオン


バタン!

と激しくドアを開けて外に出た松田氏は後部座席のドアを乱暴に開けて、にやついている羊君の胸ぐらをひっつかみ外に出した。

やばい!

と感じた私は「ちょ、待って!」とシートベルトを外し、ドアを開けて外に一歩出たところでパン! と弾ける音を聞いた。耳に入ってきた。

直後、私の足元にお尻をつく羊君の姿、口許を手でおさえ、「ってえな」低く唸る。





「おい、成田さんの元彼氏だろうが知らねえけど、俺の前で変な真似したり、言っていいことと悪いことの区別がつけられねえなら、どうなっても知らねえ」



だれ?




目付きも声色も纏うオーラも別人。

ポケットに手を突っ込んで羊君を見下す松田氏の背中にはうっすらと昇っていく龍のような雰囲気が立ち込めているのは気のせいだろうか。


「っはっ、は、ははは。ほらな」


笑い始めた羊君に舌打ちしたのは松田氏。

血のついた口を拭いた羊君は「よっ」と掛け声をかけながら立ち上がったけど、動じずそのままの体制で睨み付ける松田氏は貫禄がありすぎる。



「なっ、美桜、前に言った通り、草食なんかじゃないだろ」

何言ってるのか分からない私は返す言葉が見つからず、


「俺どうしてもこいつは草食なんかには見えなかったんだよな、でも美桜はずっとそう言ってるし、おかしいなとは思ってたんだよ。で、結果やっぱ違った」

「って何が違うんだよ」

ちっと2回目の舌打ちをした松田氏は一歩前に足を進め、ポケットにつっこんだ右手をおもむろに出した。

「おっと、もう殴るなよ。今のでチャラだかんな。俺の無礼に対する対価はもらった。次手を出したら俺も黙っちゃいない。まあ、聞け」

とは言いつつも半分逃げ腰な羊君を細い目で見る松田氏は、
「別に殴りませんよ」と、いつもの調子に。

「ほら、草食系だったとしたらさ、俺だぜ、男だよ。一緒に住むなんてこと出来ないと思うわけよ。本当の草食だったらさっさと逃げ出すぜ、緊張と不安とストレスから。

俺の見た目だって、言うのもあれだけどチャラってるし、怖いと言われることもある。そんな奴を同居させる女、おかしい奴だって思うだろ。

あ、いやこれは決して美桜がおかしいとか言ってるわけじゃない。だからよ、その幽霊の出る部屋に帰るか無理して新しいうち探すって。

でも、しないだろ。

なんでかって、それは自分に自信があるし、腕っぷしも実はある。何かしてきたりされたりしたら倍返しできる余裕があるからだろ。それに美桜の気持ちも自分にあると分かってる。

だから自分の好きな女の元彼でも快く迎え入れたんだよ。断ればお前が悲しい思いをするからって思ったんだろうな。

まあ、俺だったらありえねえけどな。ぶっ飛ばすけど。


で、今俺が美桜に言おうとしてたことがこいつの琴線に触れた。で、殴り飛ばされた。

よく言うじゃん。
お腹いっぱいで幸せなライオンは横にバンビがいても手を出さないって。食べることもしないし穏やかに一緒に寝るって。
まさにそれだよな。

こいつ、ライオン。美桜って獲物を手に入れてお腹いっぱいだから自分の獲物に手を出す輩が現れないかぎりなーんもしない。
俺? 俺はバンビ」

びしっと指をさしてとんでもないことをさらりと言った。