「やー……べえな」
後ろから地の底から響くような一声。
しばらく三人が無言で何がやばいのかを考えた。
それはもうマイナス方向なことばかりだったけど、その予感は……
「美桜」羊君の声。
「……は、はい?」
外を見ていた顔を正面に戻し、ゆっくりと右を向く。松田氏のいつになくシリアスな表情に、私は何かをしでかしたんではないかという気になる。その後、後部座席を振り返る。
「お前さ、今……」
「いま?」
「俺のこと思ってるだろ。離れたくないとか、一緒にいたいとか」
「な、なに言ってんの」
「あたりか?」
「何いきなり、おかしいよ。変だよ」動揺した。
「いいんだよ別に」
ぐっと体を前のめりにさせてきた羊君の顔はすぐそこ。
にっと笑った口許は楽しんでいるようにも見えて、悲しんでいるようにも見えて、
いつも通りのあの香水の匂いが鼻をかすめた。
「じゃあさ、俺と一緒にいる?」
「は!?」
「だってそうだろ、やっぱ俺のほうが合ってるよな。いろいろなことにおいてお前をよーく知ってる。ほら、お前らまだだろいろいろ。でも俺は、美桜のいろいろなところを見てきたから知ってるし、体が覚えてる。それに俺のために泣いてくれる女、放っておきたくねーし」
「やめてよ」
「やめないよ。お前も俺に居てほしいだろ。俺が欲しいはずだ」
「ちょっと怒るよ!」
「こんなさ、奥手な草食の真面目野郎、そのうち飽きるしつまんないよ。
遊び方も知らないような奴、捨てろ。今ならまだ間に合う。今ならまだ話し合う余地がある。泣くほど切ないなら、一切のことに背を向けて恨み辛さぎゅっとまとめて二人で背負っていっそのこと俺と一緒になろう……このままけっこ……」
その後の声は声にならなかった。
松田氏はいきなりハンドルをきって加速し、通り越しそうになったパーキングエリアへ車を無理矢理入れた。
そこへ入った瞬間キュキュッとタイヤを軋ませ停めて、
「黙って聞いてりゃなめやがって」
今までに聞いたこともないような低く怖い声がゆったりと発せられた。

