帰ってきたライオン




生暖かい空気に粘りがみられるころ、日本列島は沖縄から順に北へと歩を進めて梅雨入りした。

肌にはじっとりと湿った薄い水の幕が張り付いて剥がれず常にじとじとしている。

ドライペットは順調に水分を吸収していくが、さして余分に有り余る。

首もとにはりつく髪の毛が邪魔で頭の上でおだんごスタイルが梅雨の定番となった。

そんな気分のよろしくない時季に差し掛かり、部屋の中に変化が訪れた。

平日、水曜日、仕事が早めに終わった私はこの湿気から開放されたい一心で、除湿の効かせてある我が家へと寄り道をせずに帰ってきたところ、玄関先でばったりと羊君と遭遇した。

羊君も私と同じ考えだったようで、仕事終わりにまっすぐうちへ向かってきた。

ワイシャツにはうっすらと汗が染み込んでいた。今日も仕事をバリバリこなしてきたのだろう。

「美桜、早くね?」

「今日は早く終わった。羊君もなんか疲れてるよ」

「このクソ天気のせいだよ。っと何年かぶりの日本の梅雨、まじファック」

だんだん悪い言葉に変化してくる羊君のちょい悪ワードを半身で交わして受け流し、玄関のノブを回した。

立て付けが悪いので回しながら上に持ち上げなければうまく開かないドア、最初は直してくれと大家さんに言おうと考えたけど、よくよくこれは防犯になると思い直し、ありがたく回している。

「ただいまー」

「だーっす」

「おかえりなさい」

内々でしか分からない挨拶にももう慣れすぎた。

「ちょー暑かったね今日も。部屋、涼しくて気持ちいー」

「まじ暑かった。風呂」

「お風呂沸いていますから、どうぞ」

「私先!」

「アホか! 俺が言ったんだから俺が先だろ」

「羊君いつも長いじゃん!」

「おまえがカラスなだけだろ。いたって普通」


「「あれ?」」

私と羊君は同時に違和感に気づいた。

こんなん見たらすぐに分かることなんだけど、一瞬脳がフリーズした。

本来あるべきところにあるものが無い。

懐かしく親しんでお世話になっていたあいつが姿を消した。

なんの挨拶も無しに、あんなに仲むつまじかったあいつが、忽然といなくなっていた。

あるべき場所にない。そんな悲しいことがあるだろうか。