姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】

 新之助が用心棒として佐伯の屋敷に入って六日。

 普通藩邸の中に住むはずの留守居役がこうして独立した屋敷を持っていることにも驚いたが、その金の出どこにも不信を抱くような豪華な屋敷だった。

 その金が国許で起きた一連の事件に関わっているというなら。

(許せない)

屋敷の中を見廻りながらそのことを考えるたびに、新之助は今すぐにでも屋敷の主のもとに走り寄り襟首を締め上げて問い質したくなる衝動にかられる。しかしそれをしてしまえば元も子もなくなると寸でのところでその衝動を抑え込む。

 新之助はこの六日と言うもの、そのような焦燥と戦い続けていた。

 ほかの用心棒たちは皆新之助よりも年上のようだった。

 若輩者(じゃくはいもの)と軽んじられているのか、真っ先に一番億劫な夜回り組に回された。

 だから彼はこの間(かん)昼夜逆転の生活を送っていたのだ。

 だが内偵としてこの屋敷に潜り込んでいる新之助にとっては、むしろその方が都合はいい。

 夜の闇に乗じて、昼間では入り込めないような場所まで入り何かと調べることが出来たからだ。

 まず一日目と二日目は、この屋敷の見取り図を頭に叩き込んだ。

 三日目には屋根裏に上がり、主の部屋を特定。手下と何やらひそひそと話し込む佐伯の声を切れ切れだったが聞くことが出来た。

 四日目は連日続けた目立った動きはすまいと見回りに専念。

 五日目は見廻るふりをして、帳簿棚のある部屋に入ろうと試みたが、家人に行き会い失敗。そして六日目の今夜を迎えていた。

 焦りがないわけではなかった。

 一刻も早く佐伯の不正の証拠を見付け家族の無念を晴らし、この屋敷をおさらばしたかった。

 だが焦ってもろくな結果は得られない。

 一歩一歩確実に証拠へと近付くべきだ。

 新之助はそう自らを律し、地道な内偵を続けていた。



 
この夜は一旦上がった雨がまた降り出し、雷も伴った激しい豪雨だった。

「梅雨明けの雷だろうか」

 ゴロゴロと腹に響く様な音を雨戸越しに聞きながら、夜廻りで廊下の角を曲がったところだった。

 かさりと音がしたような気がした。

新之助は暗がりの中で目を凝らす。

 手燭をかざしたが、その灯りは目的の暗がりには届かなかった。

カサッ。

しかしやはり何かいる。

(なんだ?)

刀の柄に手をかけ、そろりと足を踏み出した。

「風間」

不意に後ろから声をかけられた。

その途端前方から感じていた気配が掻き消える。

あの何かは姿をくらませてしまったようだ。

新之助は溜息をつきながら振り向いた。

「なんです。久賀どの」

発した声は自分で思った以上に冷たく響いた。

 そう、久賀だ。

 面接の折に、やけに親しげに新之助に絡んできた、あの久賀だった。

 彼も無事面接に受かり用心棒として雇われていたのだ。

 彼を見付けた新之助は極力彼と関わらないように努めていたのに。

 こうして向こうからやって来ては避けようがない。

「つれないなあ、風間は。一人での夜廻りは心細かろうと後(あと)を追って来てやったのに」

いらぬお世話だ。

「昼間の警備があるのだから、ゆっくり休まれるがいいでしょう」

「そこもとと話す機会がないものでな」

そう言うと、久賀は新之助にピタリと身を寄せた。

ぎょっとして身を引く新之助の手首を久賀が掴んだ。

「なんのつもりだ」

怒気を含んだ新之助の声に、久賀は小さく笑った。

「風間は案外短気だな。まあ若いのだから仕方ないか……」

ふっと耳に久賀の吐息がかかる。

身をよじろうとする新之助の動きをさらに封じる久賀。

(体術か)