砂埃が、グラウンドに立ち込める。


周囲からざわめく声が聞こえるけど、その声はどこか遠いように感じがして、僕が感じるのは、腕の中の柔らかな温もりだけ。


目が慣れて来ると、視界には、自分に来るだろう痛みを受け入れて瞼を強く閉じた、赤嶺先輩だけだった。


受け入れたものがなかなかやって来ない事を不思議に思ったのか、恐る恐る瞼を開く先輩の澄んだ黒い瞳に、僕だけが移り込む。


その瞳が丸々と大きくなるのが良く分かった。この顔は、今朝と含めて今日で二度目。


日差しが痛い。そうか、さっきまで音楽室にいたから、僕、腕まくりをしていて肌が痛いと叫んでる。


でも、きっと赤嶺先輩を助けなかった方が痛かったんだろう。僕の胸の奥の、何なのか分からない所が。


「エルザ」


赤嶺先輩が僕を呼ぶ声が近くで聞こえる。温もりも、息遣いすらも近くで感じることが出来る。


僕の中の化け物が、またざわざわと現れるけど、今はその化け物が不思議と怖くなかった。